差別について思うこと。

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この投稿は批判覚悟です。
むしろこの考えを覆して欲しいので投稿します。

ちなみにこの事例についてはそうかもしれないけど、
この事例については違う、みたいな、狭義の差別ではなく、
あくまでも「差別」ということについての広義な話ついて。

私は結論として、差別はあって当たり前と思っています。
「無くそう」というのはナンセンスであって、
「少なくしよう」が本来目指すべきところであると考えています。

昨今、差別ということに対してデリケートな世の中になっていると感じます。
現政権が友愛と曰う以上、政治的にもそういう動きになるのでしょうか。

gooの辞書によればこんな感じ
Wikipediaによるとこんな感じ
ステレオタイプタブロイド思考というのもついでに入れておきます。

この中でも世の中で言われている内容の本質は
「正当な理由によらず偏見や先入観に基づいて、あるいは無関係な理由によって特定の人物や集団に対して不利益・不平等な扱いをすることを指す。」
に尽きると思います。

で、これについて思うことがあります。
「正当な理由によらず」
「偏見や先入観」
「無関係な理由」
の3つがキーとなっているとすると、

「正当な理由」
「客観的」
「事実に基づいて」
となればどうなるでしょうか。
これは差別になるのでしょうか?

話は飛びますが、解りやすく言うと
「ミサイルを撃ってきた北朝鮮に対して経済制裁を~」
は差別になるのでしょうか?

最近の人気投稿の
生活保護者は猫を飼うな
昨日、差別感情を持った – G.A.W.
この事例は差別になるのでしょうか。

例えば、ホームレスの人達について
「正当な理由」:その場に居合わせたら不快
「客観的」:街の景観を損ねる
「事実に基づいて」:ホームレスを排除する運動があった、事実として私には不快
(例に用いたけど、ホームレスの人達について特別な考えはありません。邪魔でなければ無関心です。)
こんな感じで言うてしまえば、身も蓋もないですが。
極論で言うてしまえば、つまりこういうこと思うのですよ。

人間ですから好き嫌いはありますよね。

つまり、自分が不利益を被る相手(個人、集団問わず)は、忌み嫌うべき存在であるわけで、
それだけで十分差をつける理由になると思うのです。

「朝鮮人はヒヤカシが多い。だから朝鮮人が嫌い。たまに買う人はいるけどね。」
ある店の経営者が言うていた一言が、未だに心に刺さっています。
買ってくれる人がいるにも関わらず、そういう考え方をしているのです。
日本人と比べてどうなん?とか色々思いましたが、どうもそう感じているようです。
その辺は上記の投稿に通ずるところがありますね。

「中には違う人もいるんやで」てことは「大半はそういう人やねんで」にほぼ等しいわけで、
それだけでその集団はそういう人達の集まりと考えられます。
罪を憎んで人を憎まずとはいうけれども、そこは、所詮人間ですからね。

これは差別と呼ぶのか、区別と呼ぶのか。
はてさて。

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